遠赤外線「圧縮型」センサー
遠赤外線--波長数十〜数百ミクロン(可視光線の数百倍の波長)の
光--を測る検出器を手作りする話である。
波長の異なった「眼」で見ると、宇宙は様々に異なった姿を見せて
くれる。
遠赤外線の眼で宇宙を見ると、そこに映るのは星間空間に漂う極低
温のチリやガスである。
その温度マイナス200℃前後。
そんな物を観測して何が面白いのかと言われれば、ゴメンナサイと
言う他は無いが、夜空の星々から我々の体まで、現在我々の知りえ
る宇宙の全てを構成する基本物質である。
星々の誕生を探り、また宇宙の進化の歴史を紐解くには、欠くこと
の出来ない波長である。
遠赤外線の検出には、ゲルマニウムに極々微量のガリウムを混ぜた
半導体結晶(Ge:Ga素子)を用いる。
これで波長100ミクロンまでの光を検出できる。
更に長波長まで観測したい場合は、裏技として、半導体結晶に圧力
をかけて結晶構造を歪めてやり、無理やり検出波長を伸ばす、とい
う事をする。(あまりスマートなやり方ではないが...)
(但し皆さんがお使いのデジタルビデオのCCDを圧縮しても、検出波
長は伸びません。念のため。)
波長200ミクロンまでの遠赤外線に対しては、今のところこの「
圧縮型Ge:Ga検出器」が、最も感度の良い検出器である。
この検出器で詳細な宇宙の映像を得るためには、検出器の素子数が
重要になる。
当然検出器は多素子化しなければならない。
一方、多素子化に伴って、検出器が無制限に大きくなってしまって
はこまる。
遠赤外線は地球大気をほとんど透過できないため、宇宙を観測する
には、検出器を大気の外--宇宙空間に、ロケット等で打ち上げない
といけないのだ。
検出器一つが何kgにもなってしまったのでは、「スモール・イズ・
ビューティフル」の伝統を誇る宇宙研の人工衛星に載せて頂くわけ
にはいくまい。
「出来るだけ多くの検出素子を、出来るだけコンパクトに」--これ
が現在、我々の開発の中心になっている事柄である。
以下、我々の行っている開発をご紹介しよう。
検出器の多素子化に当っての最大の困難は、なんと言ってもGe:Ga
素子を(壊さないように)圧縮しなければならない事である。
一つ一つの素子を別々に圧縮していたのでは、とてもコンパクトな
検出器を作る事はできない。
そこで、多数の素子を一列に積み上げ、これを一度に加圧する事に
した。(図1)
そうは言っても、簡単ではない。
1mm角のGe:Ga素子一つにかかる力は最大70kgにもなる。
1mm角の積み木を縦に積み上げて、その上に大人一人が飛び乗る...
.と言えば、その困難さ(無謀さ??)を分かって頂けるだろうか。
幸いにも我々は、8つの素子を一列に積み上げ、圧縮する事に成功
した。
次はこの1次元アレーを何列か横に並べて2次元化し、本格的な「カ
メラ」にする事を考える。
しかし、ただ並べただけでは各列の加圧機構が邪魔をして、列と列
との間に隙間が空いてしまう。
そこで我々は、光を各素子に導く光路管を工夫する事にした。
金属板を加工し、各素子を納める小部屋を、適当な間隔を空けて配
置する。
一方光の取り入れ口の方は1mm間隔で隙間無く並べる--隣同士の間
仕切りの厚みは、わずか0.1mm(!!)である。(図2)
こうして現在までに、32素子のアレー検出器の開発に成功した。(
図3)
このコンパクトな圧縮型Ge:Gaアレー検出器は、その方式が世界的
にもユニークなだけでなく、その素子数、検出感度共、現在世界最
先端の物となっている。
(たかが32素子などと言ってはイケナイ。)
あとはこれを使って、観測を行うだけである。
現在我々は、気球望遠鏡にこの検出器を搭載し、観測を行う準備を
進めている。
観測は、インドTATA研究所との共同で行われる。
現在11月に迫った
観測へ向けて、準備を急ピッチで進めているところである。
またこれとは別に、宇宙研の次期赤外線天文衛星であるASTRO-Fに
、この検出器を搭載する計画である。
検出器は現在の物を更に発展
させ、15×5の75素子とする。
2003年に予定されているASTRO-Fの打ち上げに向けて、現在75素子
のプロトモデルの製作中である。
(この検出器開発は、宇宙研、通総研、名古屋大学、東京大学の共
同で行われているものです。)
(平成11年10月 ISASニュース掲載、一部改)